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2018年5月

NYから東京へ向かうJL003便内でこのブログをしたためている。2018年5月は、私にとって大事な節目の1ヶ月だったことを書こうとしたところで、キャプテンからのアナウンス。「ここからしばらく気流の悪いところを通過するので、揺れます」とのこと。私の5月も揺れたなと思いながら、このタイミングの良さに思わず笑ってしまった。

節目の立夏を過ぎた直後、立て続けにコトが起きた。そのうち一つは、100年続けたことを本気で見直さなければならない局面に向き合うこととなり、その決断は家業3代めとしても大変に大きな決断であったので、さすがの私も慎重になった。大なり小なりシャワーのように降りかかる出来事に、久しぶりに寝込みたくなるほど心も揺れた。

家業に関わる案件は、父にも相談をした。今回も静かにじっと受け止め「時代は変わった。あなたが思うように進めなさい」と背中を押してくれた。私はそんな父に「ありがとう」と感じつつ、おそらく彼が望んでいる方向性は私も欲しい回答だなと思いながら、このことを扱った。

こういう時は、心が敏感になっている。普段だったら笑って流せるお酒の席での何気ないやりとりが妙に心に引っかかり、勝手に傷ついてその場を共有していた心友に八つ当たりした。怒られるかなと思ったら、どーんと受け止めてくれて救われた。

「あなたを理解して、あなたと深く付き合っていきたいと思う人たちが、結局残されていくんだろうね」とのメッセージをくれた同志もいた。

まさに人生の断捨離のようなことが進んだ。「秘めたる大きな可能性に向けて前進あるのみ」と、私の背中を押してくださった方もいた。「共にやっていこう」と、必要とされていることを示してくださった方もいた。これら一つ一つが私の心に深く刺さり支えとなり力となり、希望となって大混迷の5月を正しく導いてくれた。

5月末から6月半ばにかけて、私を揺さぶった出来事の一つ一つに回答が出る予定だ。それらは今後の私の人生にも、大きな影響を与えることになる。50歳を迎えた今年の2月。「0」は、いろいろなことが新しくなる始まりの一年と聞いたが、まさにそのように人生が動かされていると実感している。

終盤戦、NYで二人の友人それぞれに、お祝いごとがあり、1/365の確率でそのお祝いごとが同じ日に開催されるという奇跡に恵まれて、2泊4日の弾丸だがNYへ行くことができた。その帰国便でこのブログをしたためているということになる。自分都合の解釈で恐縮だが、私にはまるで癒しのような訪米だった。この時期、東京を遠く離れたことで、自分が置かれている文脈をメタポジションで見つめ直すことができたと感じる。

大きな決断も下した2018年5月。撤退の勇気と必要とされるエネルギーの大きさは初体験だった。消耗したエネルギーは、大好きなNYでチャージできたようだ。そして生まれ変わった感覚で、2時間後に成田に降り立つ。新しい自分になったつもりで、人生計画や事業計画を見直し、進めていこうと考えている。