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新参のお供

2018年は珍しく怪我と縁の多い一年だった。
6月26日に自社ビルの外階段から落ちて、右足首を捻挫。一瞬、立ち上がれないほどの痛みでヒビでも入ったかと冷や汗をかいたが、捻挫だけでことなきを得た。

その足首の痛みが完全に消えた頃、10月24日の朝、今度は右首を強捻挫。2度寝したのち、起き上がろうとして、やはり起き上がれないほどの痛みが首の右側に走った。

「このまま起き上がれなかったらどうしよう」

本気で怖かった。しかし、こちらも古傷の頚椎5番と6番をちょっと痛めただけで、ありがたいことに大難は免れた。ただ、怪我はそう簡単には治らない。「その体で飛行機に乗るの?」。主治医から静かに言われ、10月末、11月初めと連続して計画していた渡米を私にしては珍しくキャンセルし、お酒も控えめにおとなしく「日にち薬」に身を委ねることとなった。

恐怖を感じるほどの痛みを118日間で2度も味わい、体の健康を痛感する。いつ負ったかわからないけれど、狭窄して元には戻らない右の頚椎5番と6番。体が元気でないと、何もできない。心の元気も損なわれる。体の健康が資本。そんなこともわかっていなかったのか、経営者の端くれとしてアホなこと極まりないけれど、人としてもっとも大切にすべき当たり前のことが、痛烈な痛みをもって初めて体に叩き込まれたのだった。

私のホッピー3代め道は、まだまだ始まったばかり。これからが本編。世界を飛びたい、沢山の仲間と、良質な仕事を無限にし続けたい。微力だけれど、地球を守ることをし続けたい。私の中の夢は溢れんばかりだ。

再び、機上の人に戻ることができたのは11月末のこと。那覇便が復帰第一便となった。そしてその日から、私の旅路にお供が増えた。「お見舞い」と母が買ってきてくれたネックピローだ。最も痛みがひどく眠ることすらできなかった時、何より力強く私を支え安心と眠りを与えてくれた相方である。そして12月3日、3ヶ月ぶりのNYまでのロングフライトを初めてネックピローと共に過ごしたところ、こんなにも体が楽なものかと驚いた。いかに機内での体勢がこれまで負担をかけてきたことか。

「ごめんね」。自分の体に対して思わず詫びる。大事にしてこなくてごめんなさい。こんなに乱暴な主人にも関わらず、大きな怪我や病気もなく耐えてきてくれたことに感謝のみだ。これからは、いろいろな方面から体を大切にしていこうと考えている。だってホッピービバレッジ200年を見るためにもあと87年、この体に頑張ってもらわにゃならぬから。大切に大切にしていこう。