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永遠のゼロ

3月16日(日)急に春めいた日曜日。

年度末でもあり、お尻に火がついている仕事がてんこ盛りだったのだが、「映画でも観に行かない?」魅力的な一言で永遠のゼロがボチボチ終了であろうことを思い出し、ノコノコと出かけてしまった。

永遠のゼロ。

ビジュアルで観るとまた、印象が変わった。

この映画は、観る方の年代によって感じ方が異なるだろう。戦争を知らない私が感じたことは、あの時代に生きていないと正しい理解ができないどころか、「大切な誰かのために生きる、生きたい」という私達には当たり前の言葉を、口にするどころか考えることすら許されなかった時代に生きた方々の気持ちや想いは想像すら難しく、わかった振りをして映画の感想を語るのはあまりにもおこがましいということだった。

しかし、私達は知らなければならない。母国の歴史、世界の歴史をしっかりと学ばなければならない。それは地球人としての責務であるとも改めて強く感じた。

どの時代に生まれてこようと、全ての人に生かされている理由があると考える。一人一人に個性があるように、一人一人の命は異なるように思う。

自分に課されている使命は何か、自分の生き方は正しいか、甘くないか、もっとできることはないか。自分の使命をより正しくキャッチするためにも、歴史という文脈を通して、自分が生かされているこの時代の本質的な意味をより正しく感じ、より深く理解することが必要なのではないだろうか。私達は歴史の流れの中に存在しているのだから。

明日が平和に来ることは決して当たり前なことではない。

未来はわからない、過去は変えられない。確実なのは目の前の一分一秒のみ。その積み重ねが正しければ、安寧安泰で幸せな未来につながるはずだ。誠実に正直に真摯に素直に。人様の、社会のお役に立つこと、お役に立てる自分へのさらなる成長のために、一分一秒の重みを感じながら生き抜いて行く。改めて自分に誓ったのだった。

明日の天気予報は晴れのようだ。
輝く太陽の光に照らされながら、安心して過ごせることの有り難さ、幸せ。

明日も生かしていただけるのなら。
生かしていただいていることに感謝を捧げ、笑顔で過ごそう。

永遠のゼロで両親とおおいに食卓での会話が弾んだ。
このことも大変有り難かった。
今の時代を生きる経営者として何をすべきか、示唆を与えてくれた。

社員達も観に行っているようだ。社員達とも永遠のゼロから感じたこと、気づいたことを近日中に語り合ってみようと考えている。