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一菜一格百菜百味 -老華僑と新華僑のはざまで-

食べ歩きや飲茶のメッカ、横浜中華街。150もの店が立ち並ぶ賑やかな繁華街には、広東料理、上海料理、北京料理、福建料理など「中華四千年の歴史」に代表されるさまざまなジャンルの中華料理店がひしめく。重慶飯店は、横浜中華街になかった四川料理に特化した中華料理店として1959年にオープン。現在では全国16都市で店舗を構えるほか、戦前からこの地に根をはる老華僑でもなく1970年代後半以降に海外を目指した新華僑でもない絶妙な立ち位置で着実に地位を築き、いまでは龍門グループとしてホテル事業も展開するホスピタリティ業界の重鎮的な存在だ。来年、企業として「還暦」を迎える重慶飯店は今夏、1968年にオープンした別館を閉館させる。その50年の歴史の幕を閉じる別館と総支配人である安藤直昭さんを訪ねた。

辛さだけではない、四川料理の繊細な味わい届けて60年

横浜中華街大通りの入り口にそびえる善隣門を正面に右に曲がり歩くこと1分。重厚なエントランスに白壁が映える建物が、横浜中華街重慶飯店別館だ。賑やかな表通りの喧騒を遮断する上質な空間。ひとりであろうが大勢であろうが、天井の高い開かれた空間で食事をすることの特別感といったらない。

「50年前にオープンしたとき、ここ(1階)はダンスホールだったそうです。それを知る古いお客さまの中には、『生バンドも入っていてライティングもしてて、夜な夜な妖しい雰囲気だった』と教えてくれる方もいます」

そう笑って話してくれるのは、重慶飯店総支配人の安藤直昭さん。愛知県名古屋市出身の安藤さんは、名古屋店オープンの際に同社経営陣に加わり、その後、岡山店オープンにも尽力したのち、横浜中華街にある本館へ。以来ずっと、ここを拠点に全国16店舗を統括している。「あっという間の23年。来年創業60周年を迎える前に、50年この地にあった別館をたたみ、いま改装中の本館を10月に再びオープンさせる。50周年と60周年のはざまで、まさにシフトイヤーです」

四川料理といえば、花椒のしびれる、やみつきになるような辛さを連想しがちだが、実際は繊細な味わいを持つ中華料理の一種。長江の流れに抱かれた肥沃な盆地で発達した四川料理は、コクのある独特な味わいで食通たちに愛されてきた。「調理方法も、ひとてまもふたてまもかけていて、コックさん泣かせなんですよ。たとえば、素揚げしたあとに炒めるとか、調味にしても一度さらっと味つけたものを蒸してさらに味つけしたりとか。限られた食材をいかに加工して楽しむかを研鑽した調理・調味で、先人たちの智慧そのものといえます」。重慶飯店が発行する情報誌『一菜一格百菜百味』のタイトルのとおり、ひとつひとつの料理に格別なてまがかけられており、百の料理があれば百の味がある。

「横浜中華街でランチ&お買い物」。今の当たり前をつくった立役者

横浜中華街の歴史を紐解くと、1859年に遡る。欧米列強による外圧を感じた徳川幕府はこの年、横浜を開港し欧米人居留地区を設けた。そのときに一緒にやってきた華僑がいまの山下町に住み始めたことから、横浜中華街が発展した。それから100年後の1959年8月、重慶飯店は横浜中華街初の四川料理専門店としてオープン。大通りから外れた北京小路という路地にあったため、行き来する観光客の流れを引き寄せられない不利な状況下にあったが、創業者である李夫妻が打ち出したランチタイムメニューが打開策となった。一品料理とスープ、ご飯、そしてザーサイで350円というお手頃価格。さらにメニューが一週間ごとに替わるのも、馴染みの薄い四川料理を気軽に楽しめると評判になった。

その後オープンしたこの別館には、中華街で初の神殿式結婚式場を併設。こちらも話題を呼び、結婚式や披露宴の申し込みが殺到したという。レストラン経営が軌道にのると、李夫妻はウィンドーショッピングをする観光客をみて閃きあたためてきた中華菓子と中華饅頭専門の売店計画を実行。いまでは当たり前の「横浜中華街でランチ」「横浜中華街で中華雑貨のお買い物」の生みの親は、重慶飯店だった。

こうしてレストランビジネスを中心に販売部門創設と事業を拡大してきた李夫妻が次に目指したのがホテル経営。二人がサンフランシスコに旅行した際に滞在した、チャイナタウンの入り口に建つホリデイ・インにインスピレーションを受け、「いつか横浜中華街にもこのようなホテルを建てたい」と心に決めていたのだという。そうして1981年に落成させたのが、シティホテル「ホテルホリデイ・イン横浜」(現ローズホテル横浜)だ。いまでは龍門グループとして、ホテル・ブライダル・レストランといったホスピタリティ事業を展開するが、はじまりは重慶飯店という料理店。人の第一欲求である食欲を満たすことができるレストラン事業を要にしていることに変わりはない。

日替わりメニューも豊富な同店。この日振る舞われた一品は、発売55年を記念して生まれた「55ホッピー」(2013年モンドセレクション銀賞受賞)を隠し味として使っているというトロトロのチャーシュー。

期待されるのが当然。応えるのも当然

横浜中華街のネームバリューは全国のみならず世界クラスでもある。「ここには常に、観光客と地元客という、大きく分けて二つのお客さまが集まります。『こんなに並んだんだから、有名店なんだから、おいしいに違いない』という期待があって当然で、それに応えるのも当然でいたい。お客さまの期待を裏切らないよう、真摯に努めたいと思っています」。穏やかだが目を光らせて話す安藤総支配人の姿に、サービスマンの流儀を見た。

ひとつの土地で長く商売をすることは、地元コミュニティとの建設的かつ持続的であれる良好な関係が必須。そして旅行やデートなど特別な目的で訪れる観光客との一期一会的な出会いのうえに成り立つ関係も、長く商売をするうえで無視できないエレメントだ。なぜなら彼らが受ける印象が一生の思い出として語られるし、口コミとなって広がるからだ。

「ここで結婚式を挙げたんです。30年ぶりにきました」「大昔にツアーで中華街にきて、とっても大きなお店だったから、ここだと思うんです」「この香りでいろいろ思い出した」「とってもおいしかった。またきます」。お客さまからのこんな言葉を聞くと、接客の醍醐味が身に沁みると話す安藤さん。サービスが行き届かず厳しいお言葉をちょうだいすることももちろんあるが、それも「期待を応えるためにできること」という自身のサービスマン精神の糧に変換する。

おいしいものをもっとおいしくさせるのが、サービスマン

別館は非常に大きな箱だ。最大280名の宴会を賄うことができる巨大な空間で2階もあり、「繁忙期にお客さまおひとりおひとりの様子を伺うことができない」のが当たり前でもある。しかし、料理人が振る舞う料理というおもてなしを、お客さまに直接届けることができるのはサービスマンで、彼らには客と直接向き合い、顔と顔を合わせて触れ合う機会がある。「料理がおいしいのは、単においしいからだけではないはずなんです。サービスマンの仕事は、お客さまの前にお料理をおくことではない。接客の醍醐味をこれからの世代、新人たちにどう教えていくか、いまだに考えています」

食事をとるという行為が単に食欲を満たすだけのものならば、選択肢はいくらでもある。人がレストランに足を運ぶのは、プロフェッショナルがつくったおいしいものを食べにいく以外に、誰かと一緒に特別な時間を過ごすため、ひとりの時間を豊かに過ごすためといった理由があり、それを演出してくれるのは、間違いなく最前線で接客するサービスマンたち。おいしいものをもっとおいしくする付加価値を握っているのは、サービスマンたちだ。安藤総支配人は、常にこの巨大な別館のフロアを立ち歩き回っている。彼の目線の先には常に、お客さまとお客さまに接するサービスマンたちの姿がある。

古参者でも新参者でもないからこそできること

創業100年以上の老華僑でも中国が改革・開放政策を打ち出した1970年代後半以降にやってきた新華僑でもない。どちらの勢力にも属さず独自のやり方で現状を切り拓き、生半可なこともしなかったため、風当たりも強かった。しかし「向き合うべきはお客さまとホスピタリティ(もてなし)の追求」というフィロソフィーがブレることはなかった。

創業以来、ランチタイムメニュー、売店、ホテルと次々と新しい事業を展開してきた重慶飯店のアントレプレナーシップは脈々と受け継がれている。最近では、フードデリバリーサービス「UberEATS(ウーバーイーツ)」をいち早く導入。店舗の入れ替わりが激しい横浜中華街では、歴史を刻めば刻むほど格式高いイメージが先行し、入りづらい印象を持たれてしまいがちになる。「地元のお客さまを中心に、まずはデリバリーでお試しいただく」。そんな想いだったという。振り返ればランチタイムメニューの導入も「まずは知ってもらおう」、売店も「もっと気軽に購入していただこう」というマインドだった。向き合うべきお客さまとの出会いの間口を広げること。重慶飯店は、いつでもウェルカムマインド(おもてなしの心)全開だ。

次の60年、横浜中華街、ホスピタリティ業界のために

時代が変われば価値観も人も変わる。「最近は中高生の男子グループがきょろきょろしながらきてくれたりするんですよ。うちはもう少し高めの年齢層のお客さまが多いので、逆にお客さまの方が彼らをきょろきょろ見たりして。それで彼らに『どうしてうちを選んでくれたの?』と聞いてみると『ここが一番コスパがいいんで』と(笑)。わたしたち大人は『これって高いのかな、安いのかな』と首を傾げているのに、彼らはインターネットやSNSで情報を選び倒してやってくる新しいジェネレーションなんですよね」。安藤さんのお話につられて笑い相槌を打っていると、「でもね」とサービスマンの瞳に。「彼らがもう少し大きくなったとき、あのお店に彼女と行こうとか、家族とこようと思い出してくれたらって思うんです。そうやってつながっていくものだから」。価値観や人が変われど、おもてなしの心が変わることはないのだろう。

さて、こうしているうちにも刻一刻と別館の閉幕は近づいている。2018年7月31日(火)まで同館では、50年の感謝の気持ちを込めてさまざまな特別プランやメニューを提供中。6月22日(金)までは過去のメニューから選べる「リクエストランチ」、「白担担麺」や「正宗マーボー豆腐」など、「料理長の思い出の一品料理」なども提供中だ。また、7月25日(水)には夏の風物詩「HOPPY FESTA」も開催。今年発売70周年のホッピーに合う四川料理の数々を振る舞う。

別館が50年の歴史に幕を閉じても、重慶飯店と龍門グループの歴史は続いていく。10月には本館の再オープンも控えている。中庸的なポジションで横浜中華街とともに歩んできた重慶飯店。新しい幕開けが、もうそこまできている。

重慶飯店(じゅうけいはんてん)

Jukei Hanten

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