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VOL.03 本田真穂 x 石渡美奈

自分らしさを楽しむ
-「私でなければならない役」を求めて-

大手芸能事務所を後にして、日本から単身ニューヨークに移り住み、俳優として生きる本田真穂さん。芸能の世界で活躍する夢を抱く者が世界中から集まる街で、不安や自信のなさ、英語の壁と闘いながら経験を積む彼女と、3代め 石渡美奈がホッピーを片手に語り合った。
(以下、敬称は略します)

イメージではなく本質的な表現である「演技」を極めたい

石渡 先週授賞式があったばかりの第90回アカデミー賞にて、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)と助演男優賞(サム・ロックウェル)を受賞した『スリー・ビルボード(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)』に出演されたそうですね。

本田 ありがとうございます。以前から作品のファンだった監督と素晴らしい俳優さんたちとご一緒できてとても光栄でした。ただ、実はですね、ノースキャロライナで1週間撮影したすべてのシーンがカットで、私が演じたキャラクターが出てこない別のシーンに差し代わっていたんです。上映会で映画を観ている最中に初めて気づいて衝撃を受けました。上映会を何週間も前からすごく楽しみにしていて、頑張ったところを見てもらいたくてゲストも連れて行ったのですが、『映画に出れたと思うなんてまだまだ甘いよ』という現実を面と向かって突きつけられたような気分でした。

石渡 そんなこともあるんですね。撮影で印象に残っていることはありますか。

本田 私の撮影が終了した日、主演のスター俳優さんが 「Great job! See you again soon!(よかったよ、また近いうちに会おう!)」と言ってくださって、何気ない一言だったのですがとても感激しました。この人たちにまた会えるように頑張ろうと思うと同時に、共演した他の俳優さんに「また会おう」って気軽に言えるのってかっこいいなぁ。また現場に立てるかどうかわからない今の私には無理だなぁと思ったのを覚えています。

石渡 真穂さんとお会いしたころ、日本の大手の芸能事務所を「出家した」と話していたのが印象に残っています。

本田 事務所というよりも仕事そのものからの出家でした。日本にいたころの仕事はCMが中心で、CMにしてもモデルにしても「パーフェクトなものを見せる、いいところばかりを見せる」という仕事。あるとき、疑問を感じてしまったんです。「私はこの美容系のCMで『綺麗な人』として出させてもらって、『こうであるべきだ』というイメージを押し付けて、人々を不安にさせて商品を買わせることに一役買っているのでは」と。自分自身も被写体として他人と比べてしまうし、どんどん外側だけの人間になっていく気がしたんです。でも「演技」は違う。普段は日の当たらない人たちの生活をクローズアップして、声なき声を届ける、もっと本質的なところを表現するアートが「演技」だと感じ、すごく興味が湧きました。ただ、日本で「演技」をやろうとしても、大きな事務所に所属するタレントとしての私の位置はもう決まってしまっていて、5年後や10年後が見えてしまったんです。それは自分がやりたいことと違うと強く感じたんです。

石渡 とはいえ、大手の芸能事務所に所属して、それを振り切るって大変な勇気が必要だったと思います。

本田 私としては、ほかに選択肢がなかったんです。ここにいたら自分がダメになる。やりたいことができないし、何も感じない人間になっていくだろうなと思ってしまって。

石渡 プリンセスのティアラを捨てようと決めて、その行き先がなぜニューヨークだったんですか?

本田 当時23歳だったのですが、年をとることにすごいプレッシャーがあって、「何かスキルを身につけなければ・・・そうだ、英語だ!」と。さっそく準備のために渡米して演技が学べる学校をたくさん見学しました。そこでコメディのお芝居をしている日本人女性に出会ったんですが、英語でやってアメリカ人をどっかんどっかん笑わせていて、有名無名というステータスにとらわれず、純粋に技術を磨いていてすごいな、と思いました。それまでは女優って感性と見た目が大事だと思い込んでいたのですが、実は演技というのは技術であり、学べば上達するということがはっきり分かったんです。

ニューヨークに着いた当日に全財産とパスポートを盗まれる

石渡 その後一度日本に戻って、改めて留学されたんですよね。

本田 はい、ちゃんと準備して来たのが2009年6月でした。ところが来た当日、全財産とパスポートを盗まれちゃったんです。

石渡 えー!?

本田 空港からのバスの中で寝てしまった隙にバッグごと持っていかれてしまいました。はじめからすごい洗礼を受けてしまって、それからが貧乏生活のはじまりでした。住んでいたのは低所得者用ビルで隣人の部屋はまるでゴミ屋敷のよう。いつもマリファナの匂いがしていて、ときどき電気やお湯が止まるんです。冬なんて鍋で沸かしたお湯を洗面器に入れて頭を洗ったりしていました。

石渡 そんな状況から風向きが変わったのはいつごろ、何がきっかけだったのですか?

本田 ドラマの仕事が入りはじめたのは2014年ごろからです。

石渡 5年かかっているんですね。

本田 よく覚えているのは2014年のお正月に日本に一時帰国したときのことです。ニューヨークに戻るのが本当に辛かった。戻っても仕事はないし、少し前に彼氏と別れていたしで「なんでこんなに苦しい思いをしてまでニューヨークに帰るんだっけ?」と飛行機の中で泣きました。

石渡 それでも戻ったのはなぜ?

本田 正直よくわからないのですが、おそらくコミットメントだけだと思います。ニューヨークに来たとき自分に約束した、「ここで演技を上達させる。アメリカの作品に出る」というコミットメント。自分はまだすべてをやりきっていないから、そこで諦められなかった。「私にはまだ先がある」って、それだけの思いでした。

自分の人生の主役は自分。だから人のせいにしない

石渡 ドラマの仕事が決まったのはいつ?

本田 7月ごろでした。

石渡 どん底のような状態から脱するまで半年もあったんですね、辛いときの半年は長く感じますよね。帰ろうと思えば帰る選択もあったのでしょうか、そこが人生の岐路だと思うのですよね。真穂さんはなぜ踏ん張れたのですか?

本田 なぜそこまでしてニューヨークにいるのかを哲学的に考えた時期でした。当時の彼との思い出が詰まった部屋を自分だけの部屋にするために改装して、動物保護のボランティアもはじめました。地元のおじいちゃんやおばあちゃんと出会うことができて、地域とのつながりを感じるようになり、ニューヨークは自分の街で自分のコミュニティだという意識が芽生えた。そうしたら「ダメなら帰れる」という気持ちがぱったり切れたんです。

石渡 真穂さんのコミットメントが明確なのは、いい意味で主役が自分だからですね。だから人のせいにしない。「誰かが何かをしてくれない」ではなく、「自分がやりきっていないから」と思える。「自分の道がまだある気がする」というのは、主役が自分だからだと思うんです。だからこそ、自分に対する言い訳ができなかったのでは?そうして頑張った半年後、ドラマのオファーが来たんですよね。

本田 「はじめてメジャーなネットワークのテレビ番組に出れた!」と思ったら、私が一番小さな役でした。階段をひとつ登るたびに、天井の高さを思い知るというか。月を追いかけても、月はもっと先に行っちゃうのと同じかなあ、なんて。

石渡 そうして月を追いかけて、どう思った?

本田 それまではずっとエキストラばかりだったんですが、セリフがある役だと「扱い」がまったく違うんです。食事も違うし専用の楽屋ももらえるし、アシスタントが付き添って希望を聞いてくれたり、素直に感動しました。ADさんには「5年で『The Newsroom』(ニュース番組の裏側を描いたテレビドラマ)に出れるまでに?すごいね」と言ってもらえたけれど、台詞が少ない役だったし、自分としてはあまりうれしくなかったんです。「これじゃダメ、まだ上がある、もっと頑張らなきゃ」って。

4月にロサンゼルスで行われるArtemis Film Festivalにノミネートされた作品「First Samurai in New York」(Photo by Jeong Park - © 2018 Y.K. Well Enterprise)

突きつけられるアイデンティティと向き合う

石渡 ドラマに出たことで何が一番変わりました?

本田 その年は三つのドラマに出ることができたんですが、現場を体験したことで行くべき道が見えたことが一番の収穫です。あそこまで壁が高いんだという、天井を垣間見ることができたのも、今後のモチベーションにつながったと思っています。

石渡 真穂さんにとってニューヨークで演じるってどういうことですか?

本田 日本人というステレオタイプとの闘いに尽きるんですが、必然的に自分のアイデンティティを意識することになるので、俳優としてだけでなく人間としても鍛えられているかもしれません。

石渡 日本人の役ってどんなものが多いんですか?

本田 日系アメリカ人ではなく、わたしのように日本からきた日本人には英語にアクセントがある役が多いです。ほかに挙げると、薬剤師、観光客、芸者、男性なら日本兵、侍、IT系の技術者などといった感じですかね。そして私はなぜか、主人公を脅かす愛人の役が多い(笑)。

石渡 回ってくる役を通して意識せざるを得ない日本人としてのアイデンティティとはどういったものですか?

本田 「自分とは何者なのか」という意味でのアイデンティティとは、少し違った意味合いに聞こえるかもしれませんが、英語の発音ひとつで「君は日本人だね」と、一発で当てられてしまうことに愕然とします。英語のアクセントひとつで、自分が日本人であることを突きつけられます。俳優として個人的に悔しいです。セリフがあるのに、伝わらない。正確に言えなくて伝わらないときはフラストレーションを感じます。

石渡 よくいわれる生真面目だとか謙虚とかそういう日本人っぽさ、日本人のアイデンティティではなく、「言葉」から日本人であることを意識するということですね。現場にいるからこそ直で感じることなのでしょうね。そういう悔しさってどう乗り越えるんですか?

本田 練習するしかないです。オーディションのときは特に緊張しているので言葉がいつもより出てこないのですが、「いつもどおり」でいくためには、自信を持つしかない。そしてその自信って、結局は自分が「やった!」と確信できないと自信にならない。毎日10分だけでも「ちゃんと練習をしたんだから大丈夫!」という自信。本当にプレッシャーを感じるとき、成功するか失敗するかの狭間にいるときに必要なことって「私はできる」と思える自信だけ。そしてそれをくれるのは、練習しかありません。

石渡 私の知人で「生きるということは経験を積むことだ」と言い切った人がいますが、「生きたければ経験しろ」ということで、まさしくそうだなって感じますね。

突然やってきた「気づき」も、実はずっとあったもの

本田 自分はやっぱり日本人なんだなあと思うことはほかにもあります。セリフ回しのレッスンでの話なんですが、こちらの先生って生徒に自信を持ってほしいので最初に90%褒めて、そのあと10%批判するて感じなんです。でも日本人ってそれが苦手で、日本人の間では怖い先生の方が人気があるんです。ちょっとマゾかもしれません(笑)。先生に「悪いところを言ってください。来週までにやってきますから」とお願いすると、「You are SO Japanese, take it easy(あなたってホント日本人ね。もっと楽に考えなさいよ)」という具合。でもあるとき、「You are not having fun anymore(演技は上達したけど、もう楽しそうじゃないよね)」といわれて、ハッとしました。当時は仕事ができはじめたころだったのですが、不安やプレッシャーがいっぱいで「演じることの楽しさ」を忘れてしまっていました。「演技ができることを証明しなければならない」、そうやって頑張ることで、自信のなさや不安と闘っていたんだと思います。

石渡 見失っているよ、演技を楽しんでいないのでは?といわれたときの気づきはどんなものでしたか。

本田 自分の不安を解消するために演技をしているのではなく、楽しいからやっているんだ。そしてニューヨークにいるのも楽しいからここにいるんだと初めて気がつきました。今になって思い返すと、不安が自分を駆り立ててくれた時期は、もう終わっていたんです。部屋のボードに貼っていた人生訓が、私にはずっとあったんです。「Acting is FUN(演技は楽しい)」というものが。

石渡 実は心に刻んでいた人生訓だったんですね。

Acting is FUN(演技は楽しい)

本田 それに気づいたら、ようやく自分らしくいられる楽しさにも気づいたみたいで。

石渡 「自分らしくいられる楽しさ」ですか?その自分らしさとはどんなことですか?

本田 よくわからないんですが、「楽」ってことなのかな。

石渡 そうそう、自分らしく生きはじめると楽になるんですよね!私は慶應大学大学院で前野隆司教授の指導の下、研究テーマを「社員を幸せにする経営」に据えて修士論文を書いたんですが、教授によれば、人間が最も幸せを持続できるのは生産材ではないとのこと。幸せの持続には4つの因子があり、それは「自己実現」「つながり」「他人を気にしない」「自分らしく生きる」なんだそうです。

本田 美奈さんは自分らしさを楽しんでお仕事もされておられそう。

石渡 実は私、「オンオフの切り替え」ってなくて、朝起きたときから「楽しい」と感じることも多いんです。もちろん壁もたくさんあるし、安心して眠れる日はないけれど、それも含めて幸せだと思えるんです。気にかかる人がいる、思う人がいる、求めてくれる人がいる。気になる人、社員、課題を解決して、お客さまや社員が安心できる社会にしたいと思うと、やることがたくさん!でもそれが楽しいんです。

本田 楽しいと感じるなら、とことん楽しめばいいんですよね。

楽しいは罪じゃない

石渡 最近、ニューヨークへの飛行機の機内からLINEコールができることを知り、「これはすごい!世界のどこに行っても仕事できる、こんな自由な時代はない」とSNSに書いたら、「そんな機内でまで仕事に追われなくても・・・」というコメントをいただいて、逆に私がびっくりして・・・。「仕事が楽しい!」と発信すると「仕事のしすぎに注意」っていわれてしまう。楽しいといっているのに「追われているよ君は」「経営者は孤独なんだね」といわれてしまって、なんだか仕事を楽しんでいることは悪いみたいな、なんだか勝手に枠に押し込められている気がしてしまいました。

本田 エンタメのコンテストでも「そんなの遊んでいるだけでしょう?」と切り捨てられたりすることもあります。我慢している自分がいるから、他人が楽しんでいるのはおかしいと感じるのでしょうか。ある程度、自虐的にならないと他人からの共感が得られないのも日本的かもしれません。

石渡 日本にはやはりそういう息苦しさや閉塞感はあるかもしれないですね。一方で、だからこそ「本当の幸福とは何か」を追求する動きも出てきています。それでも「楽しい」っていった途端に否定され続けたら、自分がその言葉に支配されてメンタルに悪影響が出るような気がします。私みたいな性格なら「別に追い詰められていません」って言い返せるけれど、「私って孤独なの?」「無理してるの?」と不安になってしまう場合もあるのではないでしょうか。

本田 不安って、自分の内側からだけでなく、外側からの要因もありますもんね。仕事は特にひとりでするものではないし、人と関わって成り立つものだから、楽しいと感じるのも相手あってこそというか。

石渡 仕事って人と関わったり、いままでできなかったことができるようになったりという、日々の積み重ねが楽しい。だから思い切りやればいいし、やり過ぎれば自然と体が疲れますから、そうしたら休めばいいと考えています。私だって「今日はこれ以上はもう何も考えたくない!飲みに行こう!」という日はあります。メリハリをつけることも楽しく仕事をするコツのひとつかなと考えます。

本田 そう思えるのも、やはり自分は大丈夫、という自信があればこそだと思います。楽しんで、かつやることをやって、その自信を培っていくしかないですよね。

ひとりになる自由に耐えられるか

石渡 真穂さんのように日本からニューヨークに、と考えている方にメッセージをいただけますか。

本田 なぜニューヨークに行きたいのか、なぜ何かを極めたいのかを、徐々に自問していくことが大切だと思います。ニューヨークには「ひとりになる自由」があるんです。自分とまったく違う人たちの間にぽつんと置かれるから、すごく自分というもの、アイデンティティを意識することになる。そして、私の場合は演技というアートを極めたくてニューヨークにいるわけですが、オーディションのドアはなかなか開かないから、自然に自分が何をしたいのか、なぜしたいのかを考えることになります。必然的に自問の時間が多くなるんです。そういうことが自分に起こることを最初からわかっている人は少ないし、きてからわかっていけばいいと思います。きてみてニューヨークがダメだったという人も、もちろんいると思います。

石渡 原点を大切にすること、自分を信じ抜くことですね。真穂さんの今後の夢を教えてください。

 

本田 アメリカにきて、これまではすべて、代わりがいる役、つまり「私でなくてもよかった役」だと思っています。これからは「私でなければできない役」をやっていきたいと思っています。仕事以外でも、恋人も私じゃないとダメ。そういうものを大事にしていきたいです。だからこそ、日本人のステレオタイプではない役をやれるようになりたいです。

石渡 愛人以外ですね(笑)。

本田 はい、正妻になりたいです(笑)。

石渡 真穂さんは謙遜されますが、これまでもコメディからシリアスなドラマまで、いろいろな役をされてきました。今年はアメリカの某大手VOD(ビデオ・オンデマンド)サイトのドラマに出演されますし、プロデューサーとしても新しい映像作品を制作中とのこと。ほかにもハフィントンポスト日本版やエル・オンラインなどへの執筆活動もされていますし、真穂さんしかできないことをどんどんされています。日本発の俳優が、どんな役を世に送り出すのか、日本への凱旋帰国・制作発表、楽しみにしています!

 

Text: Megumi Sato-Shelley
Photographers: Lisa Kato, Ayumi Sakamoto (profile photo)

本田真穂

Maho Honda

俳優、映画プロデューサー

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