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VOL.01 香純恭 x 石渡美奈

刀の向こうに世界の平和が見える
-伝統と革新の間で-

ニューヨークで日本の伝統芸能である殺陣(たて)を教える香純 恭(かすみ きょう)さんと、
112年の歴史を持つホッピー3代め 石渡美奈が、ホッピーを片手に語り合った。
異文化理解は世界平和の第一歩、日本の伝統が世界に伝えるべき「使命」とは?

ホッピーとニューヨークが合うワケ

石渡:恭先生と初めてお会いしてから1年以上になりますが、ニューヨークで初めてお会いしたときからホッピーのことを知っていてくださいましたね。「ホッピーとニューヨークってすごく合うと思っている」といってくださったことがとても印象に残っています。

香純:(ホッピーは)東京にいるころから飲んでいました。道場のメンバーがホッピー党で、稽古のあとに飲むのがホッピーだったんです。初めて飲んだときの印象が、「日本のモノなのかどこの国のモノなのかわからない」、つまり、どのカテゴリーにも当てはまらなかったんです。「カテゴリーに当てはまらない」って、ニューヨークそのものです。だからホッピーは、ニューヨークで市民権を取るのは早い!と直感しました。そしてニューヨークだからもっといろいろな飲み方がされる、生まれると思う。たとえばイタリアのレモンのリキュールと混ぜて飲んだらおいしいという人もいると思うし、考えると楽しいですよね。

石渡:日本でそれなりに市民権をいただいているホッピーをそのままニューヨークに持ってくるというのは、元から目指していないんです。「ただ持ってくる」ということに漠然と違和感があって、それはしたくなかった。

香純:112年前に創業した長い歴史のあるホッピーさんでも、まさか100年後にホッピーがニューヨークで飲まれているなんて夢にも思わなかったのではないでしょうか。美奈さんが社長自らニューヨークにきて、ホッピーを広めようとしていることは革新そのものだと思います。

石渡:ありがとうございます。ただ持ってくるのではないなら、どうするのか・どうしたいのか。そう問いかけてきた答えや思いが、東京とニューヨークを行き来し交じり合ってきて、ようやく言葉になった気がします。伝統と革新の話をすると、恭先生がニューヨーカーに殺陣(たて)を教えていらっしゃる。俳優さんの「アクション技術」として殺陣は知っていましたが、道場があるということは、恭さんに会うまで知りませんでした。そもそも殺陣は、日本の伝統的な「道」のひとつなんですか?

香純:私たちは「芸道」と呼んでいますが、「殺陣」の技術はもともと「歌舞伎」からきているんです。江戸時代からある歌舞伎は動きがずっとゆっくりだったのですが、大正時代あたりからもっとリアルでスピーディな刀の戦いが民衆の心をひきつけ始めました。そこに映画の文化も入ってきて、歌舞伎で使われている「様式美」だけでなく新しいリアルな殺陣の動きが工夫される様になってきた。そして、様式美を重んじる歌舞伎の技術と、よりダイナ ミックでリアルな動きを重んじる殺陣のふたつに分かれました。ただ、歌舞伎の「チントンシャン」と、時代劇の「チャンバラ」、似て非なるようなものに見えますが、2年前に坂東扇菊さんと初めてコラボレーションしたときの話なん ですが、根が同じであることを身を持って知ったんです。初顔合わせのとき、「まずちょっと合わせてみましょう」 ということになって、「じゃあここで千鳥できて柳でトン」と、歌舞伎で使う言葉は殺陣の世界でもそのまま使っているから当然なのかもしれませんが、ふたりの動きが一発で合ったんです。枝分かれはしているけれど、同じところに生きていることを再確認できた瞬間で、鳥肌が立ちました。

石渡:歌舞伎と殺陣、大正の終わりに分かれた芸の道が、100年の時を経て平成に再び融合したんですね。

香純:そうなんです。伝統を重んじる、引き継いでいくとはこういうことだ。こういうところをきっちり伝えていかなければいけないと強く感じました。

「守る力」と「変える力」

石渡:「伝統と革新」は常にテーマですよね。「守ること」と「進化すること」の意味を突きつけられます。

香純:まさにそうですよね。企業でも家庭でも、それぞれの矜持といいますか、人生の中で守っていかなければいけ ないものがあります。だけど、ただ守りすぎるというか、それだけに固執してもよくないのではないかと。時代はどんどん変わりますから、それに合わせる力も大事だと思うんです。殺陣の世界でいえば、きちんとした様式美は脈々と受け継がれてきた揺るぎのないもので、日本が誇る国の財産である「芸道」 として変えてはいけない根幹です。しかし、それプラス、現代の人たちのニーズに合わせたような、自分たちで改革して新しいものを取り入れていく力が必要なんです。そして、その改革には、まさに変えてはいけない肝の部分が必要不可欠なんです。革新しようにも肝がないと応用もできない。次に行くことができないんです。だから私の道場では、その肝の部分である所作、つまり「動き」がとっても細かいです。侍の動きは、左から始まりますが、それを徹底的に指導します。

石渡:左から右へ、それはなぜですか?

香純:いろいろな説がありますが、ひとつには神棚の位置に由来するというのがあります。神棚は常に北を背にして南に向かっています。神棚を背にすると左が東。太陽は東から昇り、西、つまり右に沈む。だから「左上右下(さじょううげ)」の動きの基本になったという説です。このほかにも、正座、刀の置き方などに先人たちの智慧の魂がすべて宿っています。所作のひとつひとつに意味があり、しかもすべてが、相手に対する「思いやり」でできているんです。侍は敵であっても名を名乗りますよね。斬って斬られる、生き死にが分かれる瞬間もある、それでも互いをリスペクトする。その心が、刀を扱う所作のすべてに出ているんです。刀には反りがあり、反っている側が刃で、その逆側が時代劇などでよく聞く「峰打ちじゃー」の峰(棟)です。侍は相手と対峙したとき、刀を自分の右側、さらに刃を自分の側に向けて置きます。この所作は、敵意がないことを示しています。刀は左に差し、右で抜くものです。つまり、左に置くと「いつでも斬れる」状態ということ。自分の右、さらには内側に刃を向けて置くことは、その所作だけで「私はあなたをリスペクトしています。あなたにとって安全な存在です」ということを、無言で語りかけているわけです。それぞれの所作や動きに意味がある、こういう根幹、肝になる部分を教えたいんです。生徒たちには、「チャンチャンバラバラやるだけだったら、それはただのアクション」といって聞かせています。

石渡:ニューヨークに侍文化を持ち込み、その真髄を教える。どんな反応なんですか?

香純:ニューヨークへはもともと家族の都合で引っ越してきたのですが、わたしが殺陣をやることを聞きつけた知り合いのアメリカ人が 「13歳の息子が殺陣をやりたいといっているから教えてくれ」といってきたんです。英語で教えたことなんかないので「えーっ!」と思ったのですが、自宅に招いて帯を巻いてあげて、刀を貸して1時間くらい体験授業をしました。そうしたらその日の夜にお父さんからメールがきて、「He didn’t like it, he loved it!」とあったんです。この言葉に、まるで雷に打たれたような気持ちになりました。「これだ!」とスイッチが入ったんです。「好きじゃなくて大好きでした」なんていってくれる子がニューヨークにひとりでもいるなら、絶対に道場やらなきゃと決心して、夫の出張中に地下室を改造し道場にしたんです(笑)。道場を開いたはいいけれど、初めてのグループレッスンの時、何から教えればいいのか戸惑いました。まず、自分の当たり前が通じない。「一列に並ぶ」という習慣も文化的な背景もないから、整列しないんです。「靴脱いで」も通じない。「脱がない、なんで脱がなきゃいけないの?」となる。また、別のクラスでは、終わったあと、生徒が浮かない顔をしているから理由を聞くと、「すぐに『ナルト』みたいになれると思ってきたのに」という返事。殺陣の真髄を学びたいのではなく、アニメのヒーローみたいにクールになりたくてくるんです。

石渡:そういう人にも「魂」を教えなければならない。どうするんですか?

香純:ひたすら自分が先頭に立って見せていくしかないですね、教える側も教わる側も「忍耐」です(笑)。10代のクラスだと、ガムを噛みながら道場にくる子がいます。何度言っても口の中にガムが潜んでる。クチャ…と聞こえるから「口開けてみて、また噛んでるの?」と言うとゴクンと飲んだりね(笑)。また、なぜ整列するのか、その方がいいのかという理由も説明しなきゃらなりません。日本だったら「整列、靴は揃える」なんて当たり前じゃないですか。でも、自分の当たり前はこの国では当たり前じゃないんです。「こうした方がどうして良いのか」という説明だけで30分。それを毎回毎回、辛抱強く積み重ねていると、みんなが少しずつ心を開き、殺陣ってクールなだけでなく深いなと、ちょっとずつ気づいてくれるようになるんです。

友だちのいる国に銃は向けたくない

石渡:その道場も今年で3周年。生徒さんたちの変化を感じますか?

香純:まさに石の上にも3年です。10代の生徒が最近、「袴をちゃんと着て練習したい」と言ってきたんです。 「僕たちすごく頑張ってるから、そろそろ着てもいいよね」的なやる気が満々で、すごく嬉しかったです。2秒でずり落ちてきてましたけど(笑)。それと、アメリカには生徒が学校の掃除をするという習慣がありません。私が道場の雑巾がけをしていても最初は見ているだけだったのが、今では「代わります」と言ってくるようになったことは変化です。異文化を理解するのは平和の第一歩だと思うんです。彼らはこれから成長して、世界のリーダーになっていく。そういう彼らに相手に対する配慮、異文化への理解がなかったら、世界は上手くいかないと思います。そういう意味でも、この国で殺陣のクラスをやるのは、自分の使命なのかなと思っています。特にこの街にはアメリカ人だけでなく、ロシア人、ブラジル人など、さまざまな国のバックグラウンドを持った人たちがいますから。殺陣を一緒に学ぶことで自然にお互いの文化に触れることができるのは、ニューヨークならではなのではないでしょうか。

石渡:2000年代の初めに、東京青年会議所港区委員会のメンバーだった時、子どもたちの国際フットサル大会を草の根でやったことがあります。友だちのいる国だったら銃は向けたくないはずでしょう。子どものときに同じグラウンドでボールを蹴って、お互いに頑張りを称え合う、そんな経験をしてもらえたら、という思いでした。恭先生がまさに体を張って、殺陣という日本の芸の道を伝えることで、彼らの人生は変わるような気がします。それが移民や人種という問題を解決するヒントを与えているとしたら、それこそがリアルグローバルではないでしょうか。

異文化理解の媒介としての殺陣とホッピー

香純:そうなったら本当に嬉しいですね。生徒たちが殺陣を通して幸せになってくれることが、道場をしている自分の、一番の責任だと思っているんです。殺陣を通して他国に友好的な目を持って、それがどんどん広がっていって、 彼らが将来大きくなって人前に立ってリーダーになるときに、それが少しでも役立ってくれたら。刀の向こうに、世界の平和が見える、心からそう思っています。

石渡:私自身もホッピーを媒介に異文化理解に貢献したいから、ニューヨークにやってきたんだって思うんです。

香純:まさにそうだし実践されていると思います。むやみに広く売り出さずに、「Family & Friends」をうたうアットホームで特別感のあるイベントを年に数回行い、ホッピーがなんたるかを伝えていらっしゃいますしね。地道なPRですが、ファンは確実に増えるはずです。私が殺陣を、美奈さんがホッピーを媒介に異文化理解に貢献しようとするなら、私たちにとって大切なのは、最初の話に戻りますが、伝統を守りながら、肝は伝えつつ、でも進化し続けることだと思うんです。その先に絶対に平和がある。そうすると100年経ったとき、伝統と進化した伝統が、ぴったり合う瞬間に立ち会える。

石渡:たとえばロシアに伝わった殺陣と波濤流の殺陣の肝が、100年後にぴったり合う、ということですね。

香純:そうです。100年後に合うようにするために、曲げていけないところは絶対に曲げてはいけない。でも時代もどんどん変わる、文化も人間も変わる、それにつれて進化していくことも大切なんです。生徒にもよく言っているんですけれど、「自分で壁を作れ。それも高めに作れ」と。壁が高い方が、超えたときの景色は絶対に見たことがないものになるからです。でも越えるためには、基本がないと越えられない。その肝、伝統をきっちり持って、それを何年経ってもいいから積み重ねて、そこからちょっと上の、手が届くか届かないかのところに作った壁を越えたときに見た景色が、新しい革新のイメージではないかなと。

石渡:日本でいう守破離(しゅはり)の理ですね。

香純:「出来ることから頑張ります」という生徒によく言うのは、「できないことからやりなさい」ということです。 たとえば技芸会をやるときは、生徒が得意な技はあえて外す。そうすると、すごいやる気で始めるけれど、途中で 「やらなければよかった」という後悔が起こる。でもそこをぐわーっと、『進撃の巨人』の壁を越えるように(笑) 越える。越えたときの爽快感、達成感、自分へのリスペクトと相手に対するリスペクト、感じたことのない空気はなにものにも変えられません。これをいろいろな国の人と一緒にやるんです。

石渡:そんな恭先生の夢はなんですか?

香純:まず、日本を立体的に紹介したいですね。道場の発表会でも、入った瞬間、日本という国のテーマパークのような発表会を開催したいんです。ここがスタート地点で、いずれはいろいろな国のテーマパークを殺陣を通してできたらと思っています。いろいろな国を立体的なライブ感覚で紹介して、商業目的ではなく「理解し合おうぜ」というメッセージを出したいんです。

石渡:パスポートのない世界旅行みたいなものですね。それをつないでいる共通言語が「殺陣」なんですね。私は社員教育を通じて、心身ともに健康な、日本を背負って立つ若者が育つ土壌を日本に作っていきたいという目標を持っているんです。そのためにもニューヨークで学べることや課題がたくさんあると、本当に感じます。

Text: Megumi Sato-Shelley
Photographer: Lisa Kato

香純 恭

KASUMI KYO

TATE Hatoryu NY(殺陣波濤流NY)代表

2012年2度目の渡米後、2014年に藝道殺陣波濤流NY道場を設立。 殺陣、技斗、棒術、扇、トンファ、ヌンチャクなどの道具を用いた格闘など幅広い指導を行う。 子どもや初心者からプロフェッショナルの俳優に至るまで、国籍問わず幅広い生徒に対して指導を行う。

2015年、NYにて本格的に殺陣師、アクションコーディネーターとして映画や舞台のアクションシーンに携わる。2016年、アクションコーディネートだけでなく、アクション映画製作プロデューサーとしてユニオン制作映画にも参加開始。NYポリスデパートメント総本部やメトロポリタン美術館等での演武依頼、各学校、団体にて殺陣を通しての異文化交流、講義も行う。

現在はホワイトプレインズにあるメイン道場のほか、マンハッタンでもクラスを行う。3児の母。毎日道着を着ているので、近所からは「忍者ママ」と呼ばれ親しまれている。

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