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2008年12月21日

AYU's Bar 開店!?

2008年12月21日(日)
AYU’s Bar 開店!?


2009年、もう一つ、新しいコンテンツが
ホッピーWebに誕生予定。
その名もAYU’s Hoppy Bar(仮称)。
いつかバーテンダーになり、自分の店を構えたい
という夢を抱いている、ホッピーミーナ0期生の
AYUに、その実現の一歩ということで、
バーチャルバーのオーナーになってもらおうと
打診したところ、快く2つ返事をもらいました。
ホッピー社を、私を支えてくれている若手は、07、08
だけじゃあ、ありません。実は子供のような17人を
束ねているのは唯一大人のAYUなのです。
エゴグラムによる打診付き。
いよいよ真打ち登場!?
準備の時間を少々頂き、開店の予定です。
どうぞお楽しみに!!!

ちなみにこのインクは彼女の好きな山ぶどう。


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2008年12月20日

ホッピー大感謝祭 ご参加下さった皆様 どうもありがとうございました!!

2008年12月20日(土)
ホッピー大感謝祭
ご参加下さった皆様
どうもありがとうございました!!


昨夜、ホッピー大感謝祭へ
ご参加下さった大勢の皆様、
どうもありがとうございました。
会場・赤坂・調布を回線で
結んでの初の全員参加型の感謝祭、
ホッピー社全員が皆様にごあいさつを
させていただいたのは、初めてのことです。
昨日は全員が心から喜んでこの企画に
参加してくれました。私が10年間、
思い描いていた、

社員全員の顔が見えるホッピー社

初めて実現させることができました。
ホッピー社を築く筋肉、全てがようやく
動き出しました。
どうもありがとうございます。
昨夜はホッピー応援団である皆様から
温かい激励を沢山いただいた
社員達が大感激をし、今朝のボイスメールには
「お客様にもっと喜んでいただけるホッピー作りにまい進したい!」
「またお客様に会いたい!」
と明るい感想が沢山入っていました。
社員を励まして下さった皆様どうもありがとうございます。

来年は、今年以上に何が起こっても
おかしくない年と言われています。
私達ホッピー社にも様々なことが
起こるでしょう。
時にはキズつけあうこともあるかも知れない。
でも私達の目指すところは同じ、
2010年3月6日、そして2110年3月6日―。
家を守る⇔一生、面倒見る
どんなことも乗り越えて私達ホッピースタッフ間の
キズナを一歩一歩深め、そして同時に
私達とお客様とのキズナを深めていきたいと
心より願っております。
来年また、大感謝祭でお目にかかれることを
楽しみに、それを目標に頑張ります。
心より感謝をこめて―
3代め
ホッピーミーナ


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2008年12月18日

経営者をやっていて幸せと思う瞬間

2008年12月18日(木)
経営者をやっていて
幸せと思う瞬間


先週、このサイトでは初代ミナトシスターズの1人
としてお馴染みのミシュラン舞が2?才の
お誕生日を迎えた。会社では経理と
採用担当、2つの顔を持つ彼女は、
彼女が現在精魂こめて面倒を
みている09内定者7名はもちろんのこと、

1年後輩にあたる08女子達からも
一目置かれ、憧れの先輩、追いつき追い越し
たい“目標の先輩”No1なんじゃないかなぁと
思う。そんな彼女に09内定者達は
私が読んでも胸がジンと熱くなり、ウルッと
してしまうような手作りアルバムを心のこもった
メッセージと共に贈り、同期や職場の仲間
たちも様々なサプライズを用意していたようだ。

その夜私に送ってくれたボイスメール。
「ミーナさん、みんなにこんなによくしてもらって
こんなに嬉しいことはない。ミーナ一期生
としてホッピー社のグローバルスタンダードを
作るまで絶対やめるもんかと改めて
思いました。ホッピー史上に残る女性社員に
なります。ミーナさん、こんなすばらしい会社で
働かせて下さってどうもありがとうございます!!」

みんなが心からのお祝いをしてくれたのは
舞サン、あなたが頑張っているから以外の
ナニモノでもないのよ。
でも彼女がくれた最後の一言。
私もまた、どんな褒め言葉より嬉しい
一言でした。どうもありがとう。
私もあなた達がいつまでも一緒に働きたいと
思う3代め目指してますます努力します!!
どうもありがとう。


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社員が成長したと思う瞬間 ④

2008年12月18日(木)
社員が成長したと思う
瞬間-4


我社のいわゆる“内勤部門”
には経理総務部門と
お客様サポートセンターがある。
8名のメンバーのうち7名が女性という
まさしく“大奥”である。
先日この大奥の女子、1年生の“うっちー”と
2年生の“いぬこちゃん”が
私に告げてきた。
「ミーナさん、今日これから埼玉屋さん
へ行くんです!」

埼玉屋さんとはホッピーファンには
超お馴染みの古いお客様である。
聞けば、営業の女子も含め、ホッピー女子4名で
埼玉屋さんへ行くと言う。
「私たちも、少しずつ、お客様のところへ
行ってみたくて」
97年に入社した頃、我が社はホッピーを
飲まない社員だらけだった。
殊“大奥”はそれがひどくて、
忘年会、暑気払いはわざわざホッピーの
ない店を選んでいたほどだった。
営業ならともかく、事務部門がホッピーを
飲む必要はナイ、そんな雰囲気が
ありありだった。

それが―、10年経った今。
「私たちも営業の1人!お客様を知ら
なければ社内にいて、お客様対応が
満足にできない!」と、
自らのお小遣いで女子が4人、
ホッピーのお客様のところへ行ってくれる
なんて・・・。
どうもありがとう!
お客様もとても喜んで下さるはず。
私たちホッピー社員は
“全員製造、全員営業”の心で。
日頃私が口にしている
ホッピーマンスピリットが確実に
浸透し始めていることを感じて嬉しかった。
犬子、うっちー、カレラ、まーこ、
どうもありがとう!!!


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2008年12月12日

ホッピー社の日常から私が思う“社員の成長”の瞬間

2008年12月12日(金)
ホッピー社の日常から
私が思う“社員の成長”の瞬間


12月5日は我が社の賞与支給日だった。
一年生社員は冬の賞与が初めて満額もらえる
賞与になる。
何に使うのか・・・全員が様々な計画を
報告してくる中で・・・、
少し前から広報チームに加わり、私のアシスタント的
な仕事もこなすようになった情報局のカレラ
の指にキラッとすてきなリングが光っているなぁ
とは気付いていた。
先日、横浜でのお仕事に向かう電車の中で
彼女が話してくれた。

“ミーナさん、初ボーナス、この間お話しした
パソコンはやめました。清水の舞台から
飛び降りちゃいました。
最初のボーナスは一生の記念に残るものがいいナと
このダイヤのネックレスとお揃いでリングを
買いました”

一生の記念に残るモノと、大切に使ってくれた
ことが嬉しかった。お母様もかつて、初のボーナスを
一生の記念に残るお買い物をされたそうで
母娘で相談して一緒にお買い物にいらしたとか。
キラキラ光るダイヤのリングとネックレスをとても嬉しそうに
見せてくれたカレラ。そのリングとネックレスは必ずや
彼女のお守りになるに違いない。
そして、ダイヤのリングをした彼女が、
学生から社会人へと脱皮したナと私の目に
映った。2つの大切なお守りに支えられながら
カレラは先パイに追いつき追い越せと日々
頑張っている。すてきなエピソードをどうもありがとう!


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ふと感じた“社員が成長したナ”と思う瞬間 ②

2008年12月12日(金)
ふと感じた
“社員が成長したナ”と思う瞬間‐2

前述のDKハリウッドでの公演で、
役者さんが“ホッピーでハッピー!”と
言いながら楽しそうに乾杯してくれる
シーンがあった。
そのシーンを観て、ミーナ0期生のAYUが
涙が出そうになったと話してくれた。
“ホッピーでハッピー!のシーンを観た瞬間、
ああ、再来年ホッピーは本当に100周年を
迎えるんだなぁ、こんなにも多くの人に支えられて
100年を迎えるんだなあと思って、そう感じた
瞬間感極まってぐっときちゃいました”

2004年春、高校卒業と同時に、まさに
大混乱期に突入しようとしていたホッピー社にやってきて、
2年後、20才と同時に夢を追い
掛けたいと退職。しかし1年後、
復職。ところが、復職後のホッピー社
には07と言われる新卒社員が誕生し、
たった1・2年の間に社内の空気は激変。
その変化に惑いながらも、見事に自分自身の
困惑を乗り越え、この12月には職場のチーフに
昇格、後輩達に頼られる存在として
頑張っている。“出戻り”とついついからかって
しまうのもミーナ0期生である彼女の
頑張りが嬉しいから。

10年前、我がホッピー社は、社員達が
ホッピーを嫌いと堂々と言い放ち、ホッピーに
少しも関心を示してくれない会社だった。

若い社員が
会社が歴史的瞬間を
迎えようとしていること、
そして、それも多くの方の支えが
あってこそ実現できるのだということ、
これらのことに気付き
感動して涙を流す・・・。

私は会社を想ってくれる
彼女のそんな気持ちが
とてもとても嬉しかった。

私のところへ、ホッピーへ
戻ってきてくれて
どうもありがとう。


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ふと感じた“社員が成長したナ”と思う瞬間 ①

2008年12月12日(金)
ふと感じた
“社員が成長したナ”と思う瞬間‐1


12月7日日曜日。
私たちホッピー社が応援している
越川大介さん率いる“D.Kハリウッド”が
ついに、我が街赤坂で公演される
というので、我が社でも社員を募り
またお客様をお招きさせていただいたり―と、
観劇会と相成った。
お客様をお迎えする、ご案内する・・・
ナドナド、ホッピー貸し切り公演で
現場をパリパリ仕切っていたのは
ホッピー社の教育厚生委員会のメンバー。
これまでイベントというと、私を先頭に
幹部達が動いているのがホッピー社の
見慣れた景色だったのに、
今日は若い社員達がピシッと制服に
身を包み、任された現場でテキパキ
仕事をしている。
笑顔でお客様をお迎えしている。
母がお招きした、家族ぐるみのお付き合いを
させていただいている友人のご両親が
“みなちゃんの会社の若い人たち、
気持ちいいわね”と
褒めて下さった。
委員会メンバー以外もほぼ全社員が
観劇会に参加、時に笑い声をあげながら、
終演後は笑顔で帰っていった。
イベントなど以前は大した関心を示してくれなかっ
たのに、あぁ変ってきたなぁあ。
とても嬉しい日曜日の午後だった。


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2008年12月05日

そして今、私が感じていること

2008年12月5日(金)
そして今、私が感じていること


11月19日が過ぎて約2週間。
私はまだコルセットを外せず、一週間の半分を
リハビリに通う毎日。年内は全ての出張を
加藤木と私のもう一人の片腕、藤咲に任せるといった
年末を過ごしている。そんな中、幹部を始めとした
社員に灯ったともしびはどうやら本物だったらしく、
いよいよ本当にホッピー社のメインエンジンは
動き始めたな、と、ホッピー社は新しいステージを
迎えたことを心から嬉しく思う。
なんとなく、新鮮な空気を感じている今日この頃、
私のホッピー社の中での役割りもまた、変化したなと
感じている。

2006年2月の加藤木の変から始まった
ホッピー社改革物語の第一章。
“この会社何かがおかしい”と思った私が、
師匠小山さんと出会い、小山さん率いる
武蔵野という会社を知りそこで働く笑顔キラキラの
社員さん達を知った。
私は小山さんのような社長になりたい!
ホッピー社を武蔵野のようなピカピカの会社にしたい!
うちの社員を武蔵野の社員さんのような笑顔ピカピカの
イキイキとした社員さんに育てたい!

私に目標ができた。
それが始まりだった。
多くの出会いや別れ、出来事。
ホッピー社は大混乱のうずの中へ・・・。

この第一章の中で
私はホッピー社のメインエンジンに火を
入れるまでがその役割だった。
そのドラマの仕上げが自分が倒れることになるとは
思わなかったけれど、私がいつまでも口と手を出していては
この第一章は完成しなかったと思う。
もしかしたら昨年、出版させていただいた時点で
私はわかっていたのかも知れない。けれどなかなか
これまでのクセで手も口もひっこめないでいたので、
神様(私の場合、創業者である祖父のさし金かも知れない)
が、「いい加減に悟れ!」と腰を痛くしたのかも
知れない。
3年の月日の中で確実に成長していた社員達の手によって
ホッピー社のメインエンジンに火が入った。
これからは今までの様に何もかも口や手を出す
私であってはいけない、その必要もない。
次の私の役割は何かなー、楽しみつつ探している2008年の暮
である。


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工場長の言葉

2008年12月5日(金)
工場長の言葉


ホッピー社の、ホッピーミーナのホッピー社改革と
言えば忘れてはならないのが彼。
工場長の加藤木である。
11月19日の勉強会の打ち上げが
28日の夜、弊社調布工場の食堂で催された。
今回は私から幹部チームに頼んで全員表彰。
ところが幹部達は自分自身は何の表彰も要らない
と言っていると(予想はしていたけれど)
聞いたので、パートナーに頼んで、サプライズを
用意。どんな風にびっくりさせようかと
日本橋駅の階段を降りながらあれこれ
思いをめぐらせていたら、その超本人が同じ階段を
上がってきたのでもうびっくり。心の中を読まれたかと思った。

さぁそのサプライズ表彰の席で。
目を真っ赤にした加藤木からもらった一言。
「ミーナが倒れたので、ミーナの顔を潰してはいけない
その思いで僕達たちはがんばった」
そんな風に思っていてくれたんだ―。
私は想いを伝える言葉を失なう。
どうもありがとうございます。
人を好きに思うのは簡単でも、信じて仕事を任せることは
なかなかできない。けど、特に我が社のような
小さなオーナー企業において社員は何故がんばるのか。
多くの社員が、オーナーが、社長が好きだから。
彼の、彼女の後に立ちたいから、喜ぶ顔が見たいから。
その思いをしっかり受け取めて、私は社員を信じること。
信じて任せること。待つこと。必ず育ってくる。
必ず応えてくれる。ホッピー社の名物工場長に
また、大切なことを教えてもらいました。感謝★


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任せてくれてどうもありがとうございました

2008年12月5日(金)
任せてくれてどうもありがとうございました


ミーナさん、今回僕に任せてくれて
本当にどうもありがとうございました。
ミーナさんが任せてくれて、好きなように
やらせてくれてとても嬉しかった。
だから頑張ることができました。

11月19日夜、今回のプロジェクトリーダーから
もらったボイスメールである。
彼は当日、朝から目を真っ赤にしていた。
準備の寝不足もあったと思うが、
そうではない。この日を迎えた感動だ。
達成感。
本気になったリーダーのみが味わえる感動とも言うべきか。
そこまで頑張っていたのか―、彼の目を見ながら
改めて知る。

そして涙を浮かべてくれたことを嬉しく思う。
だってこれまで、この涙を共有していたのは
私と工場長の2人だけだったのだから。

涙を浮かべ終日目を赤くしながら
夜中に届いた心あふれるリーダーからの
ボイスメール。
心がふるえたのは私。
任せて良かった。
頑張ってくれてどうもありがとう。
また一人、真のリーダーが誕生した
2008年の11月。
         感謝


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社員を信じて良かった

2008年12月5日(金)
社員を信じて良かった


ホッピー社の魅力の一つは、
経営者と社員の距離が近いこと。
これは父の姿を見てきたからである。
でも今回、私は自分を恥ずかしく思い
同時に、社員達に申し訳なく思った。

私は社員を信じていなかった―

今回任せたのも信じて任せたのではなく、
自分の体が動かなくて任さざるを得なくて
任せたのだった。
ところが、リーダー、幹部達の指導に従って
しっかり頑張ってくれた社員達。

これまで会社が変わらなかったのは、
幹部が、若手社員が成長しなかったのは
誰のせいでもない、私のせいだ。
私が口を出し過ぎていたことが原因だ―。
信じてるとは口ばかりで
社員を信じていなかった。
だから任せられなかった。
それゆえ、会社も社員も成長しなかった。
私という障害が思いもかけず取れたことで
幹部に本気の炎が灯り、
それが前向きな社員に伝わり、
頑張る仲間に引っ張られて他の社員も
変化した。経営者が社員を信じなければ
会社は変わらない。
みんな、今までごめんね、気付かせてくれてどうもありがとう。


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社員が変われば会社は変わる

2008年12月5日(金)
社員が変われば会社は変わる


会社員の笑顔がぴかぴかに輝いていた
11月19日、私は感じていた。

―私一人から始まったホッピー社の
改革運動が、3年を経て、ようやく
ホッピー社員全員の運動になった―

全員の魂に火が灯ったとでも言うのか。
それまで、私1人がドタバタと動きまわり
それ以外はモノトーンだったと言っても
過言でなかった我がホッピー社、
11月19日は、彼らにそれぞれの色が
灯ったように見えた。

ホッピービバレッジ44名(今日現在)
44色が輝き始めた。

―この会社はこれから面白くなる―

44名の笑顔を見つめながら
11月19日の夕暮れ、
私は強く感じていた。

ホッピー社は、
社長(経営トップ)が、変わることで
改革が始まり、そしてようやく、ついに
改革の灯が全社員に灯った。
ここからが本当の改革物語の始まり。
社員が自ら変わり始めたホッピー社が
これからどんな風な変化を遂げていくのか・・・。
変化を受け入れてくれた社員達、どうもありがとう。


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続々々 私が倒れてもたらされた我が社の変化

2008年12月5日(金)
続々々 私が倒れてもたらされた我が社の変化


9月、10月を怒りまくっていた私に対して
幹部、07、08と言った社員達は
どうしようどうしようと、ボイスメールを飛び交わせ
直電(直接電話すること)も多かったと言う。
そんな大混乱の中で進めていた11月19日に
向けての改善活動。
その仕上げに私が倒れた。

さて、その意味するところは
何であったのか―

          続く


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続々 私が倒れてもたらされた我が社の変化

2008年12月5日(金曜日)
続々 私が倒れてもたらされた我が社の変化


お客様がお帰りになった後の
終礼で、私は副社長になって初めて
口にした。

「みんなよくやってくれました
どうもありがとう
満点!!」

この5年間業績はおかげ様で好調。
マスコミからも色々と取り上げていただき、
営業の社員達はどこへ行っても
「ホッピーさんいいね、すごいね」と言って
いただく。
若い社員が増えた社内は
まるで大学の部室のよう・・・。この数ヶ月
社内はお恥ずかしながら完全にゆるみきっていた。

9月から私がちゃぶ台を引っくり返し
かけたり、雷を落とし続けたり
ぷりぷりしまくっていたのは、
緩みきった社内への危機感。
“どうして幹部達がもっと若い社員を
叱ってくれないの!”
“07、08、私と共にグローバルスタンダードを
作ると言って入ってきたのに、
入ったとたんどうしちゃったの!”
このままじゃ3年後、5年後の
ホッピーはダメになる―。
私の心はまっ暗だったのだ。

          続く


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続 私が倒れてもたらされた我が社の変化

2008年12月5日(金)
続 私が倒れてもたらされた我が社の変化


久しぶりに調布へ向かう。
事務所に足を踏み入れて言葉が出なかった。
あのごちゃごちゃしていた事務所が、
卓球台でも置けてしまうんじゃないの?
と思う程広々とした空間を生み出していた。
様々な資料をデジタル化したために
キャビネットも姿を消し、最低限残された
棚もスカスカ。
私が小山さんのもとで勉強を始めた頃、
こんな事務所にしたい・・・と憧れた空間が
自分の会社に誕生したのだ。
そして、私を迎えてくれた社員達は、
時間が来るとリーダーの掛け声に従い
自分の持ち場につく。
そのテキパキぶりもこれまでとは全く異なる。

定刻にバスが到着。
お役様が続々と降りていらした。
お客様を迎える社員達を見ていて
またびっくり。
みんな笑顔なのだ。
社員達が笑顔であったかどうかは
お客様アンケートを見ればわかる。
過去2回は評価の低かったこの項目、
今回はほぼ全員の方が満点に近い
点数をつけて下さっていた。
この3年の改善の課程でこれは快挙だ。

          続く


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私が倒れてもたらされた我が社の変化

2008年12月5日(金)
私が倒れてもたらされた我が社の変化


毎年秋に我社にチャンスをいただいている
“共同勉強会”。小山師匠のもとで学ぶ仲間。
皆さんが弊社にいらして、改善の現実現場を
厳しい目でチェックされるという勉強会で、
我社にとっては会社を大きく改善するまたとない
チャンスである。弟子のメンツにかけても―!の
思いで毎年この勉強会に社内で一番闘志を
燃やしていたのはこの私だった。
そんな私にイヤイヤやらされていたのが、うちの
社員達―というのが本当のところではなかった
だろうか。
ところが、今年、11月19日の本番を前に
私が動けなくなった。社員達の週末返上の
改善活動、いつもならあぁだこうだと横から
口をはさんでいたのだが、それができなくなった。

そうしたら。
工場長の加藤木やプロジェクトリーダーの森
を始めとした幹部達が、
「大丈夫!もう僕たちでできるから。ミーナは
休んで!!」と言ってくれた。ミーナ0期生のアユや
07、08などのミーナチルドレンと言われている
若手社員達も“ミーナの危機を皆でカバーしよう”と
燃えてくれた。
ホントのことを言うと現場が気になって仕方がなかったが
任せるより他はない。
「わかった、ありがとう、よろしくね」私は彼らに
託した。
本番の11月19日は秋晴れに恵まれた、
気持ちの良い朝だった。

          続く


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2008年12月01日

腰  その後

2008年12月1日(月)
腰 その後


ずい分とご心配をおかけしました。
ごめんなさい。私の腰がその後どうなったかと
言うと。調べてみたら腰椎が一本折れていた
ことが判明!ところが学生時代にスキーをやって
いた頃の古傷らしい。つまり私は20年もの間
気づかなかったというおまぬけぶりで・・・。
おまけにリハビリを始めたら、“左モモに筋肉離れの
跡がある”と。それも当時気付かず、で・・・。
とどのつまり金属疲労。
しかし、私が姉さんと慕うお一人、Y社長に
良きリハビリの先生をご紹介いただき、救われました。
一週間、全てを幹部達、そして若き社員達に任せて
ついに休み。復活して2週めになります。
おかげ様で色々と気付き、色々と教えられた一ヶ月と
なりました。神様からのプレゼントだったなと、
静養中の気付きについては、またおいおいと書いていきます。


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