2008年12月 5日
11月19日が過ぎて約2週間。
私はまだコルセットを外せず、一週間の半分を
リハビリに通う毎日。年内は全ての出張を
加藤木と私のもう一人の片腕、藤咲に任せるといった
年末を過ごしている。そんな中、幹部を始めとした
社員に灯ったともしびはどうやら本物だったらしく、
いよいよ本当にホッピー社のメインエンジンは
動き始めたな、と、ホッピー社は新しいステージを
迎えたことを心から嬉しく思う。
なんとなく、新鮮な空気を感じている今日この頃、
私のホッピー社の中での役割りもまた、変化したなと
感じている。
2006年2月の加藤木の変から始まった
ホッピー社改革物語の第一章。
“この会社何かがおかしい”と思った私が、
師匠小山さんと出会い、小山さん率いる
武蔵野という会社を知りそこで働く笑顔キラキラの
社員さん達を知った。
私は小山さんのような社長になりたい!
ホッピー社を武蔵野のようなピカピカの会社にしたい!
うちの社員を武蔵野の社員さんのような笑顔ピカピカの
イキイキとした社員さんに育てたい!
私に目標ができた。
それが始まりだった。
多くの出会いや別れ、出来事。
ホッピー社は大混乱のうずの中へ・・・。
この第一章の中で
私はホッピー社のメインエンジンに火を
入れるまでがその役割だった。
そのドラマの仕上げが自分が倒れることになるとは
思わなかったけれど、私がいつまでも口と手を出していては
この第一章は完成しなかったと思う。
もしかしたら昨年、出版させていただいた時点で
私はわかっていたのかも知れない。けれどなかなか
これまでのクセで手も口もひっこめないでいたので、
神様(私の場合、創業者である祖父のさし金かも知れない)
が、「いい加減に悟れ!」と腰を痛くしたのかも
知れない。
3年の月日の中で確実に成長していた社員達の手によって
ホッピー社のメインエンジンに火が入った。
これからは今までの様に何もかも口や手を出す
私であってはいけない、その必要もない。
次の私の役割は何かなー、楽しみつつ探している2008年の暮
である。
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:44
2008年12月 5日
ホッピー社の、ホッピーミーナのホッピー社改革と
言えば忘れてはならないのが彼。
工場長の加藤木である。
11月19日の勉強会の打ち上げが
28日の夜、弊社調布工場の食堂で催された。
今回は私から幹部チームに頼んで全員表彰。
ところが幹部達は自分自身は何の表彰も要らない
と言っていると(予想はしていたけれど)
聞いたので、パートナーに頼んで、サプライズを
用意。どんな風にびっくりさせようかと
日本橋駅の階段を降りながらあれこれ
思いをめぐらせていたら、その超本人が同じ階段を
上がってきたのでもうびっくり。心の中を読まれたかと思った。
さぁそのサプライズ表彰の席で。
目を真っ赤にした加藤木からもらった一言。
「ミーナが倒れたので、ミーナの顔を潰してはいけない
その思いで僕達たちはがんばった」
そんな風に思っていてくれたんだ―。
私は想いを伝える言葉を失なう。
どうもありがとうございます。
人を好きに思うのは簡単でも、信じて仕事を任せることは
なかなかできない。けど、特に我が社のような
小さなオーナー企業において社員は何故がんばるのか。
多くの社員が、オーナーが、社長が好きだから。
彼の、彼女の後に立ちたいから、喜ぶ顔が見たいから。
その思いをしっかり受け取めて、私は社員を信じること。
信じて任せること。待つこと。必ず育ってくる。
必ず応えてくれる。ホッピー社の名物工場長に
また、大切なことを教えてもらいました。感謝★
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:35
2008年12月 5日
ミーナさん、今回僕に任せてくれて
本当にどうもありがとうございました。
ミーナさんが任せてくれて、好きなように
やらせてくれてとても嬉しかった。
だから頑張ることができました。
11月19日夜、今回のプロジェクトリーダーから
もらったボイスメールである。
彼は当日、朝から目を真っ赤にしていた。
準備の寝不足もあったと思うが、
そうではない。この日を迎えた感動だ。
達成感。
本気になったリーダーのみが味わえる感動とも言うべきか。
そこまで頑張っていたのか―、彼の目を見ながら
改めて知る。
そして涙を浮かべてくれたことを嬉しく思う。
だってこれまで、この涙を共有していたのは
私と工場長の2人だけだったのだから。
涙を浮かべ終日目を赤くしながら
夜中に届いた心あふれるリーダーからの
ボイスメール。
心がふるえたのは私。
任せて良かった。
頑張ってくれてどうもありがとう。
また一人、真のリーダーが誕生した
2008年の11月。
感謝
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:29
2008年12月 5日
ホッピー社の魅力の一つは、
経営者と社員の距離が近いこと。
これは父の姿を見てきたからである。
でも今回、私は自分を恥ずかしく思い
同時に、社員達に申し訳なく思った。
私は社員を信じていなかった―
今回任せたのも信じて任せたのではなく、
自分の体が動かなくて任さざるを得なくて
任せたのだった。
ところが、リーダー、幹部達の指導に従って
しっかり頑張ってくれた社員達。
これまで会社が変わらなかったのは、
幹部が、若手社員が成長しなかったのは
誰のせいでもない、私のせいだ。
私が口を出し過ぎていたことが原因だ―。
信じてるとは口ばかりで
社員を信じていなかった。
だから任せられなかった。
それゆえ、会社も社員も成長しなかった。
私という障害が思いもかけず取れたことで
幹部に本気の炎が灯り、
それが前向きな社員に伝わり、
頑張る仲間に引っ張られて他の社員も
変化した。経営者が社員を信じなければ
会社は変わらない。
みんな、今までごめんね、気付かせてくれてどうもありがとう。
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:26
2008年12月 5日
会社員の笑顔がぴかぴかに輝いていた
11月19日、私は感じていた。
―私一人から始まったホッピー社の
改革運動が、3年を経て、ようやく
ホッピー社員全員の運動になった―
全員の魂に火が灯ったとでも言うのか。
それまで、私1人がドタバタと動きまわり
それ以外はモノトーンだったと言っても
過言でなかった我がホッピー社、
11月19日は、彼らにそれぞれの色が
灯ったように見えた。
ホッピービバレッジ44名(今日現在)
44色が輝き始めた。
―この会社はこれから面白くなる―
44名の笑顔を見つめながら
11月19日の夕暮れ、
私は強く感じていた。
ホッピー社は、
社長(経営トップ)が、変わることで
改革が始まり、そしてようやく、ついに
改革の灯が全社員に灯った。
ここからが本当の改革物語の始まり。
社員が自ら変わり始めたホッピー社が
これからどんな風な変化を遂げていくのか・・・。
変化を受け入れてくれた社員達、どうもありがとう。
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:21
2008年12月 5日
9月、10月を怒りまくっていた私に対して
幹部、07、08と言った社員達は
どうしようどうしようと、ボイスメールを飛び交わせ
直電(直接電話すること)も多かったと言う。
そんな大混乱の中で進めていた11月19日に
向けての改善活動。
その仕上げに私が倒れた。
さて、その意味するところは
何であったのか―
続く
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:16
2008年12月 5日
お客様がお帰りになった後の
終礼で、私は副社長になって初めて
口にした。
「みんなよくやってくれました
どうもありがとう
満点!!」
この5年間業績はおかげ様で好調。
マスコミからも色々と取り上げていただき、
営業の社員達はどこへ行っても
「ホッピーさんいいね、すごいね」と言って
いただく。
若い社員が増えた社内は
まるで大学の部室のよう・・・。この数ヶ月
社内はお恥ずかしながら完全にゆるみきっていた。
9月から私がちゃぶ台を引っくり返し
かけたり、雷を落とし続けたり
ぷりぷりしまくっていたのは、
緩みきった社内への危機感。
“どうして幹部達がもっと若い社員を
叱ってくれないの!”
“07、08、私と共にグローバルスタンダードを
作ると言って入ってきたのに、
入ったとたんどうしちゃったの!”
このままじゃ3年後、5年後の
ホッピーはダメになる―。
私の心はまっ暗だったのだ。
続く
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:14
2008年12月 5日
久しぶりに調布へ向かう。
事務所に足を踏み入れて言葉が出なかった。
あのごちゃごちゃしていた事務所が、
卓球台でも置けてしまうんじゃないの?
と思う程広々とした空間を生み出していた。
様々な資料をデジタル化したために
キャビネットも姿を消し、最低限残された
棚もスカスカ。
私が小山さんのもとで勉強を始めた頃、
こんな事務所にしたい・・・と憧れた空間が
自分の会社に誕生したのだ。
そして、私を迎えてくれた社員達は、
時間が来るとリーダーの掛け声に従い
自分の持ち場につく。
そのテキパキぶりもこれまでとは全く異なる。
定刻にバスが到着。
お役様が続々と降りていらした。
お客様を迎える社員達を見ていて
またびっくり。
みんな笑顔なのだ。
社員達が笑顔であったかどうかは
お客様アンケートを見ればわかる。
過去2回は評価の低かったこの項目、
今回はほぼ全員の方が満点に近い
点数をつけて下さっていた。
この3年の改善の課程でこれは快挙だ。
続く
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:10
2008年12月 5日
毎年秋に我社にチャンスをいただいている
“共同勉強会”。小山師匠のもとで学ぶ仲間。
皆さんが弊社にいらして、改善の現実現場を
厳しい目でチェックされるという勉強会で、
我社にとっては会社を大きく改善するまたとない
チャンスである。弟子のメンツにかけても―!の
思いで毎年この勉強会に社内で一番闘志を
燃やしていたのはこの私だった。
そんな私にイヤイヤやらされていたのが、うちの
社員達―というのが本当のところではなかった
だろうか。
ところが、今年、11月19日の本番を前に
私が動けなくなった。社員達の週末返上の
改善活動、いつもならあぁだこうだと横から
口をはさんでいたのだが、それができなくなった。
そうしたら。
工場長の加藤木やプロジェクトリーダーの森
を始めとした幹部達が、
「大丈夫!もう僕たちでできるから。ミーナは
休んで!!」と言ってくれた。ミーナ0期生のアユや
07、08などのミーナチルドレンと言われている
若手社員達も“ミーナの危機を皆でカバーしよう”と
燃えてくれた。
ホントのことを言うと現場が気になって仕方がなかったが
任せるより他はない。
「わかった、ありがとう、よろしくね」私は彼らに
託した。
本番の11月19日は秋晴れに恵まれた、
気持ちの良い朝だった。
続く
投稿者: wpi 日時: 2008年12月 5日 16:07