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赤坂氷川祭2009

氷川神社概要・赤坂の歴史とホッピー社の関わり

氷川神社概要

樹齢数百年を超える銀杏の木がこんもりと繁り、石畳の音が軽く響く氷川神社。
拝殿・本殿は奥まったところにあり、都の文化財に指定されています。
また造作は一般的に言って、江戸の宮建築は装飾過多に陥りがちですが、吉宗の施政が倹約第一だったせいか、装飾性に薄い簡素さが逆にすがすがしいもの。

● 由緒

創立は天暦五年(951年)現在の一ツ木通り赤坂不動尊辺りに鎮座したとされ、徳川八代将軍吉宗公が将軍職を継ぐに至り、享保十四年(1729年)に現社殿を造営、翌十五年に遷座。以来、震災・戦災に耐え、当時のままの姿を残す築二八○年の都文化財です。

● ご祭神

素盞鳴尊(すさのおのみこと)奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)大己貴命(おおなむぢのみこと)のご祭神が祀られ、「厄除け」、「良縁・縁結び」「家内安全」「商売繁盛」の御神徳があると言われています。

赤坂の歴史とホッピー社の関わり

赤坂の本格的な始まりは、徳川家康の入府に始まります。
江戸城の造営に際し、江戸城の西に位置する赤坂台地に紀伊徳川家(現在の赤坂離宮・迎賓館周辺)をはじめ大身の旗本や大名を配置して江戸城西の守りを固めました。
江戸城入り口に赤坂見附門が置かれ、坂の上の高台は大名や旗本の屋敷町となって、その形が現在にも受け継がれています。
赤坂は陸軍の町でもありました。

明治以降大名や幕臣の屋敷が空き家になり、その後に宮家や政府機関が入りました。
(例:現在のTBS→近衛歩兵第三連隊、防衛庁→歩兵第一連隊、青山ツインビル→陸軍大学校、乃木神社の向かい側→鉄砲山と呼ばれた射撃場、陸軍第一師団司令部)
一ツ木通りには、兵隊相手の商店が軒を接していたと記録されており、さぞや、軍関係で賑わったものでしょう。
ホッピービバレッジの始まりは創業者の石渡秀の時代に、陸軍から「ラムネを作れ」と言われ、餅菓子やラムネを納入したことが始まりです。
ラムネを作りだした明治四十年、当時の店名は自分の父の名前をとって「五郎吉商店」としていました。
その後の明治四十三年、自分の名前の「秀」とラムネの「水」を合わせて、「秀水舎」とし、名実共に独立しました。当時、秀がわずか十五歳。ホッピー社の歴史はここから始まりました。